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歯周病とキーストーン病原体

「レッド・コンプレックス」に所属する三つの菌について書きましたので、今回は「キーストーン病原体」について書いていきましょう。

 キーストーン病原体とは、ごく少量が存在するだけでも、他の微生物を巻き込んで病気を引き起こす微生物を言います。

 普通の病原体は人体や食べ物の中で大量に増殖しないと病気を引き起こしません。
 例えば致死的な食中毒を起こす菌として有名なボツリヌス菌はたいへん強靭で、茹でるぐらいでは死なず、消毒薬もほとんどは効き目がありません。この菌は蜂蜜やソーセージなどに潜んでいるのですが、我々はボツリヌス菌が生息しているはずのハチミツやソーセージを食べても中毒を起こすことはありません。これはボツリヌス菌が増殖するより早く周囲の大腸菌が始末してくれるからです。
 一方、大腸菌がほとんど腸内に生息していない乳児では、思うがままにボツリヌス菌が増殖して猛毒を分泌するため悲惨な事になります。

 一方で歯周病のレッドコンプレックスこと原因御三家は歯周病の部位からそれほど多量には見つかりません。これは普通の病原体と大きく異なるところです。
 ネズミを使った実験ではジンジバリス菌が全菌量の0.01%未満でも歯周炎が起こったほどで、その数は歯周病の有無に関係しないのです。
 では彼らがどのように歯周病を引き起こすのかというと、なんらかの方法(おおむねトリプシン様酵素のようですが)で免疫を細菌の都合の良いように活性化したり抑制したりすることで、周囲の菌を活性化し歯周病を引き起こしているようです

 次の図はキーストーン病原体の概念を提唱したペンシルバニア大学のハジシェンガリス博士らの論文にあった、ジンジバリス菌が如何にして歯周病を引き起こすかを解説図を翻訳、改変したものです。
 まずジンジバリス菌(Pg菌)は炎症を起こすタイプの免疫物質を活性化します。すると免疫のバランスが崩れ、周囲の菌は免疫による抑制を解かれて暴れ始めます。
 また、炎症により歯周組織が壊れるとそれは細菌の栄養となり、歯槽骨が吸収・破壊されるとそこは細菌の新たな棲家となります。
 暴れ始めていた細菌の群れは食住を満たされて、そこで旺盛に繁殖しますが、すると免疫が活性化して炎症が引き起こされてしまいます。

 ジンジバリス菌をきっかけに、炎症、組織の破壊、他種の細菌の繁殖、このサイクルが局所的に延々と繰り返され続けることで歯周病はどんどん悪化します。
キーストーン病原体のメカニズム

  意外なところで大腸癌のキーストーン病原体として注目されている歯周病菌もいます。
 それはフゾバクテリウム・ヌクレアタム菌という、例えばジンジバリス菌と比べれば時に20倍近い長さを誇る、たいへん長い針のような見た目の菌です。
 この菌は新しいプラーク(歯垢)にはあまり生息しておらず、歯磨きをしないで放置されたプラークによく住み着いています。本菌が単体で大きな悪さをするとはあまり聞かないですが、表面に他の菌を吸着させたがるという変わった癖を持ち、放っておくと長い本菌の周りに丸い菌が大勢引っ付きまるでトウモロコシみたいな見た目になります。
 こうやって他の菌にとっての足場となってやる大変親切な菌なのです。もちろん、人間にとっては歯や歯周病の周りに足場を作られては困りますので、このヌクレアタム菌が活躍する前に歯磨きをする必要があります。

 さてこの口腔細菌たちにとっては親切なヌクレアタム菌ですが、我々人間にとっては聞き捨てならないことに、大腸癌と密接に関わるのではないかという研究結果が発表されました。
 ハーバード大学のブルマン博士らの研究によるとヌクレアタム菌は大腸癌の原発病巣のみならず転移病巣からも見出されました。
 このヌクレアタム菌のいる腫瘍をネズミに移植しても菌は生息を続け、抗生物質を投与するとヌクレアタム菌が減少するとともに腫瘍の増殖も遅れるという実験結果も出たということです。すなわち、ヌクレアタム菌は大腸癌に偶然居合わせたのではなく、大腸癌に住み着いているどころかこれを引き起こした可能性があるわけです。
 今のところヌクレアタム菌がどのように大腸癌を起こしているのかは分かっていませんが、それさえわかれば大腸癌を薬で予防することができるかもしれません。


 すごい酵素を持っている、免疫を回避する、大腸癌を引き起こすかもしれないなどと書きましたので、たかが歯周病菌のくせになんでこんなに強いんだと思われるでしょう。
 虫歯やら歯周病やら口内炎やらに苦しんでいる我々からするとあまりそうは思えませんが、実は口の中は細菌にとってかなり過酷な環境なのです。
 ちゃんと歯や歯茎、舌に固着しておかないと、飲み物や食べ物、唾液に押し流されてしまいます。唾液は1日に1.5リットルも出てくるため、食べかすや細菌を胃の方へ押し流してしまう作用が強いのです。
 唾液には様々な抗菌物質が含まれていて、細菌を溶かしたり、細菌を動けなくしたり、栄養を奪ったり、白血球のための目印になったりと様々な方法で細菌を排除します。
 歯肉ポケットと呼ばれる、歯と歯茎の間にある溝からは歯肉溝滲出液という液体が湧き出ています。ここにも唾液と同じく様々な抗菌因子が入っていて、さらにはマクロファージのような白血球、特定の歯周病菌に向けてカスタマイズされた特異抗体が含まれています。
 こういった過酷な環境に対応して生き延びてきたのが彼ら歯周病菌を含む口腔内細菌です。

 こんなに強い口腔内細菌を表立って暴れないように抑え付けているものこそが、現代日本の豊かさです。
 第一次大戦中のヨーロッパでは兵士の間で痛みや疲労を伴う「塹壕口内炎」が流行しました。戦後まもない頃の日本では「水癌」と呼ばれる致死的な口内炎も見られました。
 ひとたび隙を見せれば牙を剥く口腔内細菌たちについて、「歯磨きしないと歯が抜けてしまいますよ」「もしかしたら大腸癌と関係あるかも」と悠長なことを言える現代は極めて幸福な時代なのです。

参考文献
『The Keystone Pathogen Hypothesis』
    https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3498498/

『Analysis of Fusobacterium persistence and antibiotic response in colorectal cancer』
    http://science.sciencemag.org/content/358/6369/1443
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