なんちゃって歯内療法とはなんぞや
「歯の神経を抜く治療、なぜ半数がトラブル?」という記事が読売新聞に掲載されていました。読売新聞はたまに歯科関係の記事、ただし「そんな雑な理解で新聞に書かないでくれ」とぼやきたくなるような記事が掲載されており、この記事もその一つです。
記事によると、手術用顕微鏡とラバーダム防湿法を用いるのが歯内療法(歯の根っこ内部の治療のことです)で、用いない治療は「なんちゃって歯内療法」とのこと。
当院は手術用顕微鏡を用いておりますし、希望があればラバーダム防湿法も行いますので、記事にいう「なんちゃって歯内療法」ではないですが、実際の治療においては顕微鏡やラバーダムを使わない/使えない理由は大いにあるのです。
まず歯内療法をご紹介しましょう。
歯の内部に「神経」があることはご存知でしょうが、これを収めている管を根管と言います。歯内療法では神経を抜いて、細菌まみれになった根管を排水管掃除の要領で綺麗にして除菌します。
この掃除の時はギザギザの針金(先端の直径0.06mmから1.40mmまで様々です)を使って根管を張り付いている細菌ごとガリガリと削ります。
ちなみに、排水管掃除はハイターやパイプクリーナーのような次亜塩素酸ナトリウムを含んだ洗剤を使うことが多いですが、歯内療法でも歯科用の不純物などの除去された次亜塩素酸ナトリウム溶液などを使ってこそげ落とした根管の屑を洗い流します。
歯内療法で根管内を無菌状態にしておかないと、菌が繁殖して巣を作り歯槽骨や歯茎に及ぶ炎症が起こるので、それ以外でどんなに良い治療をしても台無しになってしまいます。患者さんはずっと口を開けさせられたまま口の中でごそごそされるのでしんどいのですが、ここが踏ん張りどころです。ちなみに歯科医師も歯内療法をするとけっこう疲れます。
この歯内療法は難しいものですから、アメリカやヨーロッパでは歯内療法専門医は歯科医師の中でも尊敬されています。一方、日本では手間と時間の割に収入が少ないため、皆その大事さを分かってはいるのですが、どうしても不採算部門として見られています。
さて、この歯内療法が対手としている根管ですが、直径0.5mm未満と極めて細いもの(最も細い0.06mmの針金すら通らないこともよくあります)やほとんど塞がって見えなくなっている場合が多く、しかも1本の根っこに2本以上の根管があることもざらで、これを全て探し出すのはなかなか時間と手間がかかるものです。
そこで顕微鏡の出番です。
当院で使用している手術用顕微鏡は世界的に知られるドイツの光学機器メーカー、カール・ツァイス社のものです。拡大はもちろん視界を明るく照らしてくれるため、根管が見つけやすくなります。
ただし、顕微鏡といっても細菌を見ることはできませんし、内視鏡のように根管の中に入り込んで隅々まで見渡せるわけではありません。下手な図を描いて見ましたが、直径1mmに満たない根管の入り口からその中を覗き見ようとしているのです。トンネルのカーブの先を見通すことはできないのと同様、根管のカーブの先も見通すことはできません。
根管はたいへん複雑な形をしている場合が多く、例えば下の写真は根管を黒く染め出して示していますが、このように枝分かれした根管では顕微鏡を用いようが肉眼で治療しようが、いずれにせよ完璧な除菌をするにはなんども歯内治療を行って消毒薬を通し、人間と細菌の我慢比べに持ち込むしかありません。
ですから、歯内療法では顕微鏡が重要なのは確かですが、顕微鏡があればなんでも見えるというわけではありません。
私は日本歯科放射線学会の専門医で、日本における歯科用レントゲンのトップメーカー朝日レントゲン工業とCT装置を共同開発した身でありますから手前味噌かもしれませんが、やはり歯の中を見ることにかけてCT装置の右に出るものはありません。
根管の奥行きや曲がり具合といった三次元的な形を掴むのはCT装置にしかできない芸当です。
歯内療法の際はCT装置で根管の形状を予め確認しておくことが、治療の成功率を上げる一番の方法と私は考えています。
次はラバーダム防湿法についてです。
どういうものかご存じない方が多いでしょうから簡単に解説しましょう。
患者さんは小さな穴の空いたゴム製の大きなマスクをつけていただきます。この穴を治療中の歯にはめてあげると、口の中と歯がゴムで隔てられ、細菌を含んだ唾が治療中の歯にかかったりすることがなくなるという治療法です。
記事によると「装着の手間がかかるので、ラバーダムなしで治療が行われていることが少なくないそうです」とのことですが、装着の手間などほとんどありません。5分もあれば十分装着できてしまいますし、むしろラバーダム防湿法は歯科医師としてはなるべくやりたいぐらいのもの。
ラバーダムをすると歯の中に唾が入らない、間違って道具や薬を落としても患者さんに飲み込ませる心配がない、治療中の歯がよく見えるようになるなど、歯科医師からすれば治療がたいへん楽になるのです。
一方の患者さんは治療の間中ずっとゴムの匂いを嗅がされ続けることになります。唾もゴムの味になります。口は完全にゴムで塞がれるので息苦しいですし、唾をバキュームで吸えないため患者さんが飲み込まない限りは溜まりっぱなしとなります。
「苦しいし臭いのでいやだ」という患者さんが多いため、歯科医師はラバーダムをした方が楽だとは思いつつこれをお勧めしていないのです。
それでもラバーダムを希望される方はいらっしゃるかと思いますが、もちろんラバーダムをつけられない場合があります。
鼻で呼吸ができない方や、鼻炎などで鼻がつまっている方は窒息してしまうため絶対に使えません。
全身疾患や麻酔薬アレルギーなどをお持ちの方は、ラバーダムをすると具合が悪くなっても声を出せませんし、こちらからも唇や顔の色で異変を察知することができなくなるため、ラバーダムはお勧めしません。
治療対象の歯が完全にダメになって根っこしか残っていない場合はラバーダムの金具をかける場所がありませんので、これも通常のラバーダム防湿法は不可能です。この場合は隔壁形成法という特殊な方法でラバーダムをかけることができますが、かなりのコストと時間がかかります(自費診療です)。
記事については色々と書きましたが、当院は顕微鏡やラバーダム防湿法を用いた歯内療法を行なっておりますので、希望される方はぜひお問い合わせください。